今は倍だもんなw
今どうだい?どこ行っても体が埋まるほどじゃないか
当時は1日二箱吸ってたが
25の時にやめたから今はいくらかしらんが、
カウンター店員がよくタバコのカートン単位の包み紙を切ってる光景、食事札の○時までの部分に貼り付けてたな。
40玉だったから近くのディスカウントと比べても安かった、それを若干上乗せして割り勘w
店の周年キャンペーンか何かでPS2を2500玉で貰って、知り合いに10Kで売ったこともある
タバコもカートンで貰って知り合いの飲み屋に格安で売った、というかそれで飲ませてもらったりw
今じゃそこも28玉になったから全然メリットなくなったし、回らなくなって面白くなくなったわ
合計10000個という商品もありましたね。
JTの卸より安いので喜ばれた
それも2500個だった。
DVDレコーダーも景品で販売していたが規格が古いから今の機種で再生することが出来ない。
だからパチンコ屋の景品なんだとしみじみ思う。
当たっても出玉無しの当たりや小当たりとか意味わからん
出玉有りでも初回500発とかバカにしてるんか?
当たりもラウンド振り分けで4Rとか
やっと確変入ってもSTでスルー出玉無し
当たれば普通に玉出せよと思う
とにかく出玉獲得までの道程が無理ゲー過ぎる
それと無意味な潜伏で追い金さすシステムとかエグい、
出玉は規制すんのに金の吸い込みは規制しないんかと思う、
理想を言えばFルーセントDがそのままの形で出たら毎日打ちに行くんだけど。
スロットも設定で左右されてた。
今や顔認証遠隔管理だもんな。
回しても収束はしないしやってられない。
今思えば、もっとキツイと思ったけど、
それに回りもけっこう良かったし
ワンセット(実質一回)は多かったが
自分の感覚だとセブンドーフや奥村のピエロの権利モノと同じ感覚だった。
ちなみにフルーツパッションは無制限営業だった。
こんなハイリスクな遊びなんて一般人は寄り付かないよ
ビッグシューターやらマジックカーペット打ってる時代が一番楽しかったわ
負けても仕方ないと思えたし
今みたいに制御遠隔とか考えなかったしな
帰宅途中の2kmくらい離れた別の景品交換所に出したら、
これ別の店の景品だよね?と言われるも交換してもらった事があるw
今の糞パチンコを象徴する台ですね
当たっても出玉ないとか2Rとか客をなめすぎ
ありがとう
あとスロの当りは全部消化してくれてた
みたいなのあったよね。
常連が最優先みたいな空気。
今では考えられない。
羽根モノのVに玉投入サービス券とかついてたなあ………
今、3万負け→6万まではよくある話、想定内です!
残金1万
昔→まだまだ行ける!
今→そろそろコンビニに行くかな。
まあ、おっさんになった事による財力の違いもあるかもだけどね。
パチンコの必勝法・・・今も昔も変わりません。
1に粘り、2に粘り、3、4がなくて、5に頑張り
あー粘って、粘って、粘って、粘って、
ナニワ男のど根性、ナニワ女の心意気でございますれば、
四角四面の枠の中、くるくると回る五色の風車に乗せられまして
左サイドから右サイド、右サイドからセンターへと、一発一球を
丁寧に丹念に、丹念に丁寧にと、御遊技して頂きますならば
必ずや必ずや、出てまいります白銀の玉。
大負けすることってめったになかった
全台遠隔から単価高い機種とかね
・高度な顧客管理で優良客で囲う
・大型ホールの釘調整による人件費削減
・ゴト&攻略法による不適切な差玉の管理
・不良客の排除
一時期住んでた福島では、1cm×1cm×10cmのケースに入ったボールペンが青400円黄200円だった。
仙台市のとあるホールでは2cm×5cm×5cmぐらいのコーヒー豆の箱が1000円景品だったかな。
とにかくかさばって苦労した。
俺も福島いたけど赤2千円白2百円だったな。
およそ20年前のハナシ。
新潟だとライター石で5百円と百円だったんだけど
5万換金で木箱にギッシリのライター石が出てきた。
そういや最近ペアシートはほぼ絶滅したんじゃないかな
稼働が良い台は、1日で3000回転を超えてた。
1000円で30回転だったので、一切当たらなければ1日10万円の負け。
だから、雨の日の漁師さんは朝から10万を財布に入れて、
勝ち負け関係なく終日打ち込んでた。
漁師さん、お世話になりました。
少しでもトラブルと刃物をちらつかせてきたり、組事務所に連れて行かれたり
田舎ではファッションタトゥーを入れた若者や態度の悪いオタクみたいなのも多いが、
昔のパチンコ屋にタイムスリップしたら、泣きながら土下座するか全速力で逃げるしかないだろうな
俺は挨拶しなかっただけで逆鱗に触れ、組事務所に強制連行されパンツ一丁にされボクシングの相手をさせられたw
現役ヤクザとボクシングで戦うことが出来たのは俺がボクシングを習っていたからで、
パンチをよけパンチを顔に当てないように上手く戦ったので誉めてもらえた
一緒に連行された友人は泣いて謝るばかりだったw
あとで聞いたらそのヤクザは元日本ランカーだったので、本気でこられたら俺は死んでいたかもしれない
熟練者は下皿の縁に手を這わせながら滑らかに玉を箱に入れていたが、トウシロは玉を一掴みしながら入れていた。
自分もできなかったけど、教えられてできるようになった。
今は玉を抜いても箱ではなく、計数されるだけだからね。
玉抜き一つも昔は味があったけどね。昭和60年。
機種イベントがあって、その機種は釘ががば空きだったな。
勝てたかどうかは微妙だけど。
今で言えば等価ボーダー22で換金率2.5とかだけど
だから朝イチから閉店まで打つことさえできりゃ基本勝てた
スーパーコンビにアラジン
後のミサイルも大入も好きやったけど
4000発終了でも6万程度抜けるまで再チャレンジ出来たしなぁ
エエ時代やったわ
シンナー吸いながら打っている客が居てましたが流石にシャブ打ちながら打っている客は見た事ありません
レベルの高い店員は眉毛をつまようじみたいに細くしてたって話しは皆さん知らない様ですね
3万負けは今の3000円負けと同じような感覚になってて麻痺してたな
7年くらい前までは金が増えてく一方だったけど
今は基本は1円の貯玉再プレーで再プレー上限の時に潜伏してるといけないから
銀行で3000円ばかり下ろしてパチに望むだけだが
半年で金が余った時はスロットで勝負だが、まあ負けるな
負ける時は決まってジャグやパルサーやクレアで理不尽なバケ当たりにはまってムキになった結果だけど
勝ってる人に妬む一見など1人もおらず、座席を囲む30近いドル箱タワーに「おめでとう^^」とみんなに言われた。
そして缶ジュースをズラッと常連に配る。
それが暗黙の儀式だったから飲み物なんか常に出してる人のが回って来て毎日二、三本置いて打ってたわ。
列の端からサンドイッチやクッキーなんかも当たり前みたいに回って来た。
なんでこんなに殺伐としてしまったのかなぁ。
隣のスーパーリーチ見ただけで睨んだり舌打ちしたり。
一緒に話しながら打つから知り合いも増えたり情報交換しあってな。
プリンセス物語などで超スローとか出るとみんな立ち上がり覗き込んでワイワイ騒いだもんだ。
懐かしき帰らぬ日々、
そんな人たちも阪神大震災で沢山死にました。
そら殺伐とするわ
台を選ぶのは左右が当たってなく、まったく回ってない状態の台を極力座るようにしてるし
今や左右空席で隣に座られるだけで嫌だ
急に回らなくなるって変な挙動する事もないんだけどな
金がある大型チェーン店はマジでだめだが、釘開いていて回る台なら休ませればなんとか終日打ち切れる
老舗閑古鳥ホールは希少な回る台が年々減ってるという悪循環
ポケットに千円札が2~30枚入ってたな。
投資なんて50kくらいは当たりまえだったし。
朝一ラッキータイムの麻雀物語でほぼ48台満台状態で10:00~11:00の間
札が付いた台が1台だけとか、
当日撤去がほぼ予想されてたラブリーレミがその日全台1/500を軽く超えてたとか
撤去前の台が鬼ハマリするの、ボッタクの常套手段だったなw
うん、撤去前はどこでもたいていシメシメルックだったけど
大一商会の台はちょっと怪しかった
CR花のもぐら組の設定3は当らなさすぎるからなるべく使わないでくれって
販売後に各ホールに御触れ出してたって噂もあったし
リーチ目を知らない人は、1ゲーム毎に上を見上げてました。
そうそうw みんな見上げて打ってたなぁ
今は台にパト付いてるけどあれが原点だよね
昔、パチンコ屋によっては、スロットの7が見えない人のために
7の横にシールを張っている店あったよねw
その代わり店員は目押ししてくれないけど。
土地柄無制限だったから楽勝
ダイナマイト、アニバーサリー、リスキー、エスケープと出す機種がことごとく大ヒットした
リスキー2とか、2.2とかの低換金店とかは完全1回交換で
客にホール内で台の順番待ちで並ばせて連日お祭り騒ぎだった
あんときは糞台にあたったら素直に捨てて並びなおせば負ける事はなかった
台ももちろん掛け持ちw
フル稼働だけど、席は満席じゃないと言う不思議な光景だったw
確かに昔のパチンコ屋は客を大事にもしてたよなぁ
パンクさせないように
今はパンクさせてなんぼだもんね
10カウント規制になってもサンスカーレット以外は13個玉がでてきた
オマケチャッカー付いてから1個、8個、10個とバラエティー豊になった
16ラウンドの台も最初は7個や8個、現金機の場合は電チューでも7個でてきた
昔の1個返し台は店も回す調整してたけど、今はどーゆうlことなんだよ!
リーチ目が出たらベタ押し、ワンプッシュ、押さないの3通りあって
知らんヤツは押さないパターンでしか当たらんけど
知ってたら3倍の当たりが狙えた
1300発機だったな
当時はまだパチ雑誌がなく、単行本のパチンコ漫画の方でやりかた知ったけど
余裕で攻略使えた
パート4は完全武装のどノーマル機になっちゃったけど
そのノーマル台しか作れないイメージを払拭したのがフルーツパンチだったな
21年前
いきなり警察がホールにやってきて
そこを動くなといい
ダービー物語の台を全部もっていき
俺たち店員をパクりやがった
連チャンさせるために故意にアタッカーに玉を集中させる釘調整なんて他の店でもやってるだろうによ
前日定休日無くて新台入替する時に新台のコーナーの床に
ジッポオイルのシミとか匂いとか、筆の抜けたゴミとかある時とかない?
あれはね封印をオイルで塗らして筆で擦りながらドライヤーで温めると
結構あっさりと封印が剥がせるんだよね、つまりそんな店の台は間違いなくクロ
購入する台によっても違ってくるんだけど
台を弄る時は上記みたいにする場合(販社→店→改造→新台)と
(販社→改造業者→店→新台)なパターンがあって
普通は納品日に直接店に配送するんだけど
やっぱ大手のチェーンで一括で購入されるとメーカーも言いなりで
どこどこに送ってくれって言われると従うしかないじゃない?
そこで改造されて店に到着する頃にはクロい台になってるのね
これがホールの実態なんですよ
それ・・ゴトでは???
2~3号機の裏物の頃は察が来る前に基盤にニベア塗ってたのよ
あら不思議封印シールが綺麗に剥がれるwww
当時はそれで凌いでたわ
最近めっきり聞かなくなったが呼ばれるとスゴイ恥ずかしかったわ
引用元:http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/pachik/1412085022